「とうげさま」と慕われる
烏峠山頂からは、泉崎村を一望

■烏峠

村で一番高い標高486mの山。人々は親しみを込めて「とうげさま」と呼び、白河方面から泉崎へ抜ける近道として利用してきました。表参道の大鳥居をくぐり、八合目付近まで登ると憩いの広場「円満平」があり、晴れた日は遠く飯豊や吾妻連峰の山並みまで見渡せます。

美しい彫刻の
本殿は一見の価値あり

■烏峠稲荷神社

烏峠山頂に鎮座する神社。権現造りの建物には美術的にも、技術的にも見応えのある繊細で優美な彫刻が施されています。また、この神社にはカラスにまつわる願望成就の伝説があり、その御利益を求めて遠方からも参拝客が訪れます。



江戸時代から盛大に行われてきた豊作祈願の「八朔祭り」【泉崎伝承文化】

■八朔祭り

旧暦の8月1日に烏峠稲荷で行われているお祭り。この日、必ず雨が降るのは、にぎやかに祭られている峠稲荷に嫉妬した姉の「十日の森の稲荷」が八朔には三粒でも雨を降らしてやる!と祟ったから…という言い伝えが。実際、その通りになるので、参拝客が雨傘を背負ってやって来る姿は祭りの風物詩になっていたとか。泉崎の伝統芸能、峠節や「梅若唄念仏踊」がご覧いただけます。

●版画とうげさま (昭和30年泉崎第一小学校児童作品)/泉崎資料館展示



峠様のカラス【烏峠稲荷神社】

弘仁11年、嵯峨天皇の命で藤原俊仁率いる官軍が現在の栃木付近にいた凶賊退治にやって来ます。しかし、相手は意外にも強く、藤原軍は那須塩原から泉崎の烏峠へと徐々に後退。もはやこれまで!と覚悟を決めた瞬間、一羽のカラスが頭上に現れ、金の幣束を落として去ります。
これは我が氏神、烏ケ嶺勝手稲荷大明神のお遣いに違いない!と勇気を得た藤原軍は決死の覚悟で敵陣に攻め入ったところ乱戦の末、戦勝。
後日、そのお礼にこの地に立派な社殿を造って祭ったのが烏峠稲荷神社の始まりと言われています。