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行政情報

泉崎村の歴史

大化前時代白河国造の支配圏
646年大化2年 大化改新
この頃、陸奥国成立。白河郡の行政区画内
718年養老2年 陸奥国より白河・石背・会津・安尺・信夫を割いて石背国を成立
728年神亀5年 石背国は陸奥国に合併。陸奥国に新たに白河軍団設置
792年延歴11年 軍団廃止
このころ関和久遺跡に官衙があったとされる
1590年天正18年 泉崎村の各村は会津藩領地となる
1627年寛永4年 泉崎村の領地は白川藩領地となる
1742年寛保2年 踏瀬村、踏瀬新田村、太田川村は越後高田藩領地となり浅川陣屋の支配となる
泉崎村、関和久村、北平山村、北平山新田村は引き続き白川藩領地
1809年文化6年 踏瀬村、十軒新田村、太田川村は幕府領となり浅川陣屋の支配となる
1837年天保8年 踏瀬村、踏瀬新田村、十軒新田村、太田川村は幕府領地となり塙陣屋の支配となる
1867年慶応3年 泉崎村、関和久村、北平山村、北平山新田村は幕府領地となり小名浜代官所の支配となる
1868年慶応4年 泉崎村、関和久村、北平山村、北平山新田村は佐久山藩民政取締所の管轄になる
踏瀬村、踏瀬新田村、十軒新田村、太田川村は黒羽藩塙民政取締所の管轄になる
1869年明治2年 踏瀬村、踏瀬新田村、十軒新田村、太田川村、泉崎村、関和久村、北平山村
北平山新田村は、守山藩塙民政取締所の管轄になり、同年、泉崎村の各村は白川県に管轄となる。
1871年明治4年 泉崎村の各村は二本松県に管轄となり、同年、福島県の管轄になる
1876年明治9年 踏瀬村、踏瀬新田村、十軒新田村が合併し踏瀬村となる
北平山村、北平山新田村が、合併し北平山村となる
1889年明治22年 市町村制行
踏瀬村、太田川村、泉崎村が合併し川崎村となる (291戸 1,827人)
関和久村、北平山村が合併し関平村となる    (263戸 1,452人)
1920年大正9年 第1回国勢調査 川崎村 (人口 2,396人)
関平村 (人口 1,761人)
1954年昭和29年 市町村制行
川崎村と関平村が合併し泉崎村となる

泉崎村の流れ

  明治9年 明治22年
(市町村制施行)
 昭和29年
(市町村合併促進法)
泉崎村 ---- 川崎村 泉崎村
太田川村 ----      
踏瀬村 踏瀬村      
踏瀬新田村          
十軒新田村          
関和久村 ---- 関平村  
北平山村 北平山村        
北平山新田村          

問い合わせ先

このページに関するお問い合わせは総務課 総務グループです。

〒969-0101 福島県西白河郡泉崎村大字泉崎字八丸145番地

電話番号:0248-53-2111 ファックス番号:0248-53-2958

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