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関和久遺跡

『関和久遺跡01』の画像

背後の木之内山の山間に抱かれ、前は阿武隈川に面した段丘上にあります。
福島県教育委員会の調査によると長方形の区画が南側低地と北側段丘上にあり、南が古代白河郡の正倉院(官立の倉を正倉,その集合区画を正倉院という)で北が郡庁院であることが判明しました。



関和久遺跡の変貌

  1. 白河郡衙(郡家)は古代白河郡(現行政区の白河市・西白河郡・東白川郡・石川郡)の中心官庁として律令制度の政治を行ったところで、その成立期は、7世紀末から8世紀初頭ごろである。
  2. 遺構群の規模・建物の数が最大になったのは9世紀前半である。関和久官衙遺跡の最盛期はこの時期と考えられる。
  3. 10世紀後半には、郡衙としての機能は完全に停止したものと考えられる。

『関和久遺跡02』の画像

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